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ginka blog

創作サイトのネタblog

「なね汝が命」

フランス語で「mon amie(モナミ)」は、親愛の情を込めて相手を呼ぶ場合に使われるそうですが、似たような意味の言葉が古事記にもありました。 それが「なね」です(原文では「那泥」) 「な」は一人称代名詞、つまり「わたし」。 「ね」は親しみを表す接尾…

父の妻を子が娶る

古事記を読んでいてびっくりしたことに、天皇(大王)の子が、天皇亡きあと、その皇后(大后)を娶る、というのがあります。 所見の範囲では、子は次期天皇ではないようです。 *1 たとえば、 神武天皇の子、当芸志美美命(たぎしみみのみこと)は、神武天皇…

神功皇后

神功皇后は仲哀天皇の皇后(きさき)ですが、日本書紀を読むかぎり、あきらかに「天皇」のあつかいです。書紀編者は、魏志倭人伝の卑弥呼を神功皇后とみなして、摂政年紀を定めています。 他の天皇の記載と比べてみても、単なる皇后だったとはおもえません。…

2、4、8を重んじる日本人

今まで参考程度に買っておいた『日本書紀』を、あらためて最初から読んでいます。 日本書紀〈1〉 (岩波文庫) 作者: 坂本太郎,井上光貞,家永三郎,大野晋 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1994/09/16 メディア: 文庫 購入: 1人 クリック: 17回 この商品を含…

白髪皇子

漢風諡号・清寧天皇。雄略天皇の第三皇子で、生まれながらにして髪が白かったので、白髪(しらか)の皇子(みこ)と呼ばれました。母は葛城の韓媛(からひめ)で、雄略天皇の妃です。 皇后に子がいなかったので、母の身分が高い皇子は有力な皇位継承者でした…

武内宿禰

日本書紀を通読しています。 景行天皇あたりになると何代にもわたって登場するのが、武内宿禰(たけしうちのすくね)です。 景行、成務、仲哀、神功皇后、応神、仁徳、6代にわたって、大王家に仕えています。 およそ300歳まで生きたとか……… こうなると、「ず…

ヤマトタケルと景行天皇

ヤマトタケル(日本武尊、倭建)は景行天皇(おほたらしひこおしろわけのすめらみこと)の皇子です。本名を小碓命(をうすのみこと)。 ちなみに、双子で、兄のほうは大碓命(おほうすのみこと)といいます。 古事記の熊襲・蝦夷平定の物語がとくに知られて…

厳媛

神武天皇、即位前紀戊午年九月条、日向の高天原に降り立った皇孫は、大和の地に入りいよいよ、まつろわぬ者どもを討とうとします。天神(あまつかみ)に祈ったところ、天香山の土を取ってきて厳瓮(いつへ:聖なる酒を入れる土器)をつくり、天つ神国つ神を…

外での昼寝

ある歴史の本を読んでいたら(ヨーロッパの)、おもしろいこと書いてたんですね。イタリアだかどこかのゲルマン人の王さま(族長ってかんじか)が、遠出をしたとき昼寝をしたくなった、と。それで、森の中なのか、野原なのかどうかわかりませんが、外で昼寝…

先生が好きすぎる件

世に先生好きは多けれど、伊能忠敬ほど先生が好きだったひとはいないかもしれません。伊能忠敬五十歳(満年齢)のとき、三十一歳だった幕府天文方高橋至時(よしとき)に入門、測量、天文学を学ぶ。十九歳ちがいだから、当時としては親子ほどの年齢差です。…

ヤグザーンの子ハイイ

男ふたりで旅立つとか、しあわせに暮らすというようなオチの物語は多々あり、「もう鉄板」というべき終わらせかたとおもわれますが、その淵源がなんと12世紀のイスラム哲学的文学にあったと判明しました。それは、イブン・トゥファイルの『ヤグザーンの子ハ…

なぜ男は「BL」が嫌いか

http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/131102/wlf13110207000001-n1.htm去年のものですが、精神科医が分析している記事を見つけました。男はお笑いでホモネタは歓迎しても、マジな同性愛は受けつけないひとが多いです。わたしもかつて、男性の知り…

出会いの場

「中大兄皇子と中臣鎌足の出会いの場、遺構を発見」ヤフーのニュースを見てて、おもわず吹いてしまいました。「出会いの場」ってのは、なんだよ〜〜〜中大兄皇子と鎌足の例のエピソードを知らないと、妖しい想像してしまうじゃないですか。出会いのエピソー…

ソクラテスとアルキビアデス

『ギリシア奇談集』によると、ソクラテスやプラトンには美少年の愛人がいたということです(社会的地位のある者が、年少者を社会の構成員として教育するという意味も含まれる) ソクラテスは自らを「アルキビアデスと哲学を恋する人」と呼んでいるが、同じベ…

男が孕んだ話

男が女に変わる話、あるいはその逆は多々ありますが、『捜神記』を読んでいたら巻十四に男が男のまま孕む話が載っていて、非常におどろきました。 東晋、元帝の頃、任谷(じんこく)という男が畑仕事の途中、木陰で休んでいると、突然羽衣を着た男が現れて、…

詩経『狡童』

「狡童」とは、「ずるい子ども、いたずらっ子」の意味ですが、手持ちの辞書(明治書院新釈漢和)によると「顔は奇麗だがまじめでない子ども」とあります。白川静『詩経』を読んでいると、「狡童」と題された詩がありました。 彼狡童兮 不与我言兮 かの狡童や…

惣堂の落書き

中世(日本)において、男色がさかんであったことは、よく知られています。謡曲などでもそれを彷彿とさせる作品があるので、都市に住む人間や坊さんの間ではさかんだったのかなあ、とこれまではおもっていました。が、どうやら、一般民衆、それも京や南都(…