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惣堂の落書き

中世(日本)において、男色がさかんであったことは、よく知られています。謡曲などでもそれを彷彿とさせる作品があるので、都市に住む人間や坊さんの間ではさかんだったのかなあ、とこれまではおもっていました。

が、どうやら、一般民衆、それも京や南都(奈良)などの都市だけでなく、農村の隅々?までひろがっていたらしいのです。それのわかる本がこれ。


中世民衆の世界――村の生活と掟 (岩波新書)
藤木 久志
岩波書店
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中世の村は「惣村」といって、ひとびとにはよそ者にたいして非常に強い排他意識があります。坊さんであってもよそ者を自分の家に泊めることは御法度が一般的。が、中世はご存知のとおり、遍歴する商人や遊芸人やらが全国を歩き回っていました。一般民衆も土地に縛りつけられてはおらず、遍歴する者も多数。彼らはどこに泊まったのか。野宿ばかりでは生きていけないので、どこかに泊まったのでしょうが、そうそうよそ者を泊めてくれる神社や寺(アジールの役目を持っていた)があるわけじゃない。で、彼らが頼りにしたのが、村の惣堂だったというわけです。

惣堂は、御堂、仏堂とも言われ、基本的に「誰が使ってもよい」場として機能していました。村の中心にはなくて、たいてい、村はずれにあったそうです。そこで、村人が寄り合いしたり、よそ者が使ったりと、いろいろな使いかたがされていたようです。そして、人間、見知らぬところに行くと、自分の足跡を残したくなるのが常、なぜここに来たのか、どこそこの神さまを信仰している云々を柱や壁にしたためたとか。おおくの旅人が携帯用の筆記用具=矢立を持っていたと筆者は述べています。

そこに、だれそれが恋しい、だれそれと結ばれたい(結縁)と、赤裸々な想いがつづられているそうです。くわしくは本書にて。

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